2019/8/7 小6の夏休みだけ、ラジオ体操に行かなかった

8月になると、毎年決まって何となく思い出すことがある。小6の夏休みだけ、ラジオ体操に参加しなかったことだ。それまで必ず毎年参加していて、小学生最後の夏だけ、わたしはわたしの意志で、行かないことを選んだ。

おそらくこれは全国的に共通して行われていることだとわたしは認識しているけれど、ラジオ体操に参加したら、その証にスタンプがもらえる。そのスタンプを押す担当を務めるのは、最上級生である6年生だ。わたしは、6年生のおにいさんおねえさんが、わたしを含めた下級生のひとりひとりにスタンプを押す姿に、つよいあこがれのまなざしを向けていた。わたしもいつか、あそこに立ってスタンプを押すんだ、と。

でも、いざ6年生になってみたら、絶望した。自分が想像していた6年生の姿と自分が、あまりにもかけ離れすぎていることに。背丈ばかり大きくなって、見た目だけ6年生らしいけど、中身がとても空っぽなことに。

歳を重ねれば重ねるほど、わたしは自分が自分であることに、自分が自分としていきていくことに、靴底がすり減っていくごとく自信がなくなっていった。小学6年生は、ちょうどその最中にあった。

ラジオ体操が終わると6年生が前に立ち、下級生はスタンプをもらうために並んだ。毎回同じひとに並ぶひともいれば、早く帰るために空き具合を見て並ぶひと、スタンプカードのバランスを考え、もらうスタンプを決めて並ぶひと。わたしはいつも空いている列に並ぶひとだった。

わたしはあんなにも焦がれていた、スタンプを押す担当を務めることに、自ら背いた。夏休み中毎朝、ラジオ体操が始まる時間の10分ほど前に目が覚める。わたしの腰の辺りに差し込む朝日にふと目をやり、すぐ目の前の真っ白な壁に目線を戻す。二度寝しようともう一度目を瞑ってみるが、寝られない。ほんのり蒸し暑くて、肌の表面が汗でべたついているのを感じる。

わたしは、あそこに立つにふさわしい6年生ではないと信じ込んでいた。わたしからスタンプをもらいたいひとなんて、ひとりもいないに違いないと悲観的だった。今思うと、何でそんなこと思うんだ、そんなことあるわけない、と抱きしてあげたいわたしと、そうだね、誰もあなたからのスタンプを望まないだろうね、と嘲笑するわたしがいる。

確かにあそこに立ってスタンプを押す6年生を見て、つよいあこがれを抱いていた。でも、わたしは空き具合を見てスタンプをもらうひとで、誰からスタンプをもらうかなんて考えていなかった。それでもスタンプをもらうことは嬉しくて、空白だったスタンプカードが色とりどりのスタンプで埋まっていく様を見ることに、大きな喜びを感じていた。自分が感じていた喜びを、自分も同じようにあげられるひとだなんて、なぜだか微塵も思えなかった。

わたしは、スタンプを用意していた。今ではどんなスタンプだったのか、もうすっかり忘れてしまったけれど。一度も使われることなく、だれのスタンプカードにも顔をあらわすことのなかったスタンプを見て、わたしはつよい罪悪感を感じ、自責の念に駆られたのを覚えている。わたしに選ばれてしまったばかりに、日の目を浴びることなく夏休みの終わりがすぐそこまで来ている。ほんとうだったら君は、だれかを笑顔にできるスゴイヤツなのに。

わたしはスタンプを手に取り、空白のままの自分のスタンプカードに、押してみた。やはりどんな表情のスタンプだったのか思い出せないけれど、スタンプを押す6年生につよくあこがれていたわたしが選んだんだから、きっととびきりステキなヤツだったんだろう。ごめんなさい、ごめんね。

今なら、わたしを嘲笑するわたしに対して、そんなことないとつよく反論できる。あなたはあそこに立つにふさわしい6年生で、スタンプを通してわたしが感じていた喜びを同じようにあげられるひとだと、真っ直ぐ目を見て伝えられる。考えすぎじゃないよ、そういうところもあなたのいいところだと、抱きしめてあげられる。でも、考えすぎは時に毒になってしまうから、好きなことに目を向けること、好きなものに触れることを忘れないで、それらはちゃんとあなたをたすけてくれる、と教えてあげられる。大丈夫だよ、大丈夫、と、背中をさすってあげられる。

今も全国各地で、夏休み中毎朝ラジオ体操が流れているのだろうか。眠い目をこすりながら、少し怠そうにしながら、お腹を空かせながら、寝ている間に硬くなったからだをラジオ体操でほぐしているのだろうか。真っ白なスタンプカードは、色とりどりのスタンプで埋まってきているだろうか、あるいはそうでもないだろうか。ラジオ体操に行かないまま、のんびり寝ているひともたくさんいるだろうか。

今だったら胸を張ってスタンプを押せるかと言われると、少し迷う。自信はないままだけれど、ひとりじゃないことはわかる。わたしには、だれかを笑顔にできるとびきりステキなヤツがついてるから。